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12/2 現実という夢から覚める

人には、
直近で何かをしなければいけない事が起こります。

それが重要の案件であればあるほど、
困難であればあるほど真剣に考えるものです。

あなたには何かありますか?

殆どの人は、自我や考えの中にいます。
だから、殆どの人はそれがあるはずです。

例えば、
お金がない、家計が厳しい、どうしようとか。
嫌いな人間関係ある、どう付き合おう、とか。
旦那や妻、彼氏、彼女、上手くいかない、どうしようとか。
ビジネスが上手くいなかない、どうしようとか。
このままでは老後、将来が心配だ、どうしようとか。

その「どうしよう」がつくこと。考えてること。

思慮深い人、洞察が長けている人は、
その「どうしよう」が重要なことであればあるほど、
目覚め身体が起きている体験と眠りの体験を交互にする中である違和に気づきます。

それは、

どうして何とかするために、こんなにも起きている時に考えてるのに、
眠りの中ではそれを考えないのだろうか??

です。

もし、あなたがそこに何の疑問も感じず、夢をただの夢として片づけているとしたら、
人生の半分を無駄にしているのと同じです。
丁度それは、
あなたが夢を夢だと割り切って捨てること、
つまり、
夢の中で何にも執着することは無駄、価値がないことを知りながらも
あなたは現実の世界をそれとはつゆ知らず、求め執着し、悩み苦しむ生き方をするから。
あなたがするその生き方は、あなたが無駄だと切って捨てた生き方それなのだ。

昼寝でも、夜でも良い。

今考えてること、目覚め起きてる時、この現実の世界で考えてることを、
夢の世界でも考えるか、試してみると良い。

もしその考えなければいけないことが、本当にそこにあるなら、
現実の世界でも、夢の世界でも両方の世界で現われ、それを考えることが起きなければならない。
それは、あなたがどちらの世界にも存在したことと同じように、それもどちらの世界でも起きなければいけない。

しかし、実際はどうでしょうか?

それは目覚めの時にだけ起こり、眠りの中では起きません。
目覚めの時に問題で頭を悩ましていても、
眠りの時には家族で団欒していたり、どこか知らない土地にいたりします。

どうしてでしょうか?

真剣に考えるべき問題であっても
中には決断するに時間に猶予もない問題であっても、
寝てしまえば意図してそれを起こすことができない。

どうしてか?

それは、

眠りの中に今のあなたが存在しないからです。
分かるでしょうか?
眠りの中に考える人が存在しないため、考えることは起きないのです。

しかし、夢の中に「わたし」という自覚、存在はありました。
それが本当のあなたです。

そしてそこから目覚め起きると、
もう一人の「わたし」が生まれ、この人が考えを起こします。
それが自我です。

質問や疑問はこの自我によるものです。
悩みや問題は、この自我の所持品、持ち物なのです。

丁度それは、一つの部屋に人が二人いて、会話や諸問題が起きるのと同じです。
一人でいる時会話は起こりません。
質問も起きないです。
ですが、多くの人はこれを理解できないかもしれません。
常に自我と共にいて、独り在る時をあまり体験したことがないから。

世界を面白がって楽しみ、
世界で悩み、苦しんでるのは、本当のあなたの方ではなく自我の方なのです。

この自我を多くの人は知らないため、無自覚であるため、
自分を自我と混同して疑いもしません。
自分を自我と思い込んでるため、あらゆる価値、発想は自我を根拠にしています。

例えるなら、自分を猫だと思って疑わない人がいるとします。
その人の価値は、
ぽかぽか温かい処で寝ることが最も大事です。
求めるのは、ぽかぽかです。
食べるものは肉類が価値があり、野菜などは食べれるものだとは思いもしません。
そのような人が、
自分は猫ではなかった人間だったと理解したとき、
その人の視点と価値は一変します。

あなたがもし戸籍を見て、今まで両親の実の子だと思ってたのに、
実際は養子だったと知ったら、人生の見方、考え方、考えることが変わることでしょう。

自分自身の定義、
本当のあなたを知るだけで、中身も見方も今後も一変するのです。
しかもそれが正しい見地であるならば、正しい方向に変わるのです。

ですから、自分自身を知ることがどれだけ重要なことか。

目覚め、起きてる状態で自我を退け、本当のあなたとして佇んだとき、
現実の世界は夢と同じであると気づきます。
それは、その状態でいればいる程、確証が得られます。実感がはっきりしてきます。

今まで信じて疑わない程の自我を退けることはできるか?

それは出来るでしょう。
実際あなたは眠りの中で自我を退けています。
そこに自我はいないから、考えは起こらなかった。
自我はあなたの意識の置き方で存在できなくなるほどの弱い蜃気楼のようなものだ。
今に意識置くだけで自我は存在できず、自我を退けることが出来ます。
自我は質問、疑問、悩む、苦しみ、困難などを持っている。
自我を退けることはそれがなくなることを意味します。
だから、「今ここ」にいれば人は幸せになるのです。

自我を退けた後、本当のあなたで現実に佇んだなら、
本当のあなたを調べることが重要です。

わたしは何だろうか?とか、
わたしはどこにあるのだろうか?とか、
ここはどこだろうか?とか、
わたしは生まれたのだろうか?など

あなたがあなたを調べるのは難しくはありません。
自分のことだから、自分はここにいます。
調べることで、本当のあなたが浮き彫りにされるでしょう。

そして、あなたが自分自身を正しく再定義したとき、
先ほどの様に、その時にあなたの価値、視点、考えなどが一変し再定義され、
世界は正しく変わります。

世界や宇宙までもがあなたの中にあります。

裕福な人もそうでない人も
ビジネスで成功している人もそうでない人も、
幸せな人も事もそうでない人や事も全て。

あなたの中で起こり、あなたの中にあり、全てあなたのもの。

全てはあなた。
あるのはそれだけ。
そしてそれで終りです。
始まりも終わりもない終わり。

 



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